キャリアアップと転職
キャリアアップを目指そうと「転職」をする場合が有ります。履歴書に今までの経歴や意欲を記入し、応募する企業に提出をします。短期間での転職を繰り返していたりすると、イメージダウンとなります。最低でも3年間は同じ企業で働いていた方が良いです。努力をして、自分の頑張りを認めてもらえるような働きをしましょう。
転職を希望する人は、転職サイトで転職情報を検索すると良いかと思います。勿論、転職情報は、ハローワークや転職や就職情報誌にたくさん情報はございますが、インターネットの転職サイトであれば、その情報量は雑誌等に比べると、とても膨大な量になってきます。そのため、自分が探したい情報もたくさん掲載されていることでしょう。
<メジャーは主力にゴロゴロ>
J・レイエス(メッツ)、V・マルティネス(タイガース)、M・テシェーラ(ヤンキース)、K・モラレス(エンゼルス)……大リーグで活躍するスイッチヒッターだ。いずれも打撃上位に名を連ねたり、本塁打争いを演じる主力打者ばかりだ。
メジャーには各チームに数人のスイッチヒッターがいるが、日本では数えるほど。しかもバリバリ活躍しているのは楽天の松井稼くらいだ。川崎(ソ)、高橋由(巨)、糸井(日)など右投げ左打ちは山ほどいるのにである。
「私が米独立リーグ球団(サリナス・スパーズ)の監督を務めていたときも、チームに必ず数人、スイッチヒッターがいた。アメリカはメジャーもマイナーも独立リーグも競争が激しい。両手打ちで成績を残せば、相手が右投手でも左投手でも代えられない利点がある。そのためか、若い選手からスイッチヒッターの練習をしたいとしばしば申し出を受けたものです」(元ロッテ二軍監督の古賀英彦氏)
日本ではプロ入りしてから首脳陣に言われて取り組むケースがほとんど。しかも足が速いからと右打者に左打ちも覚えさせることが多い。柴田勲、松本匡史(いずれも巨人、現評論家)、高橋慶彦(広島、現ロッテ二軍監督)、松井稼がそうだ。左で打っていて右との両手打ちにしたのは西岡(現ツインズ)くらいだ。
ところがこれが必ずしもうまくいかない。中日の荒木もプロ入りしてしばらくして一時取り組んだが、成功しなかった。湯上谷(元ダイエー)もそうだ。結局、右打ちに戻した。
しかもスイッチヒッターに育てる、これといったノウハウもない。柴田勲をスイッチヒッターにした巨人の牧野ヘッドコーチ(故人)は生前、
「後輩のために、柴田を両手打ちにしたとき、どんな練習をどのくらいやらせたかのノートを残しておけばよかった」
と話していたが、それがそっくり誰にでも通用するとは限らない。個々の能力差、やる気も違うからだ。実際、松本はスイッチに転向したシーズンは正月返上で左打ちを練習したという。とにかく根気がなくてはやり続けられないし、成功の保証もない。
「腕磨くより車磨く方が熱心」などと言われる最近の若手にそんなシンドイ練習を望むのはムリな話かもしれない。
(日刊ゲンダイ2011年9月3日掲載)
【タシケント=奥村信哉】サッカーのワールドカップ(W杯)アジア3次予選C組で、日本代表は6日(日本時間・午後11時開始)にウズベキスタン代表との第2戦を迎える。本田(CSKAモスクワ)の負傷離脱が不安材料の攻撃陣で、新戦力として台頭してきた清武(C大阪)には初先発の期待がかかる。
U−22(22歳以下)代表から抜擢(ばってき)された8月の韓国戦で途中出場し、冷静な位置取りからいきなり2アシストを記録。今回の3次予選初戦、北朝鮮戦も後半15分からピッチに立って攻撃を活性化させ、試合終了間際の吉田(VVVフェンロ)の決勝点をアシストした。タシケント入り後も「ゴールを目指している。もっとできると思う」と浮かれた様子は一切なく、率先して道具を運ぶ姿が目立つ。
ウズベク戦では右MFでの先発も見込まれるが、「(先発、途中出場の)どちらにせよ頑張りたい。自分らしさを出せれば」と謙虚に語る。試合会場のパフタコル競技場は3月のU−22代表の遠征で経験したばかり。手入れの悪い芝に戸惑う選手が多い中、「3月より全然やりやすい。雨が降ってグチャグチャだったから、それに比べれば」と意に介さない。
1人部屋の宿舎では睡眠を多めに取り、リラックスを心掛ける21歳。敵地での代表戦は未知の領域だが、長谷部(ウォルフスブルク)の退場などに揺れた2年前の対戦を念頭に「自分は冷静にやりたい」ときっぱり。ヤマ場の一戦でも力を発揮してくれそうだ。
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ユヴェントスFWアレッサンドロ・デル・ピエーロは、今シーズンがユーヴェでの最後の1年になると言われている。だが、現役を引退するかどうかはまだ決断していないようだ。
36歳のデル・ピエーロは、ユーヴェと今季終了までの契約を結んでいる。だが、ピッチ上で彼のプレーが見られなくなるわけではないかもしれない。デル・ピエーロはイタリア『ガゼッタ・デッロ・スポルト』の中で、次のように話している。
「今はそのことを考えていない。でも、ラストイヤーかもしれないと知っていることは、200%を出す後押しになるね。今のところは、これがユーヴェでのラストイヤーになるか、現役として最後の1年となるかは決めていない」
ユヴェントスは今季からクラブ所有の独自スタジアムで戦う。コムナーレ、デッレ・アルピ、オリンピコ、そして新スタジアムと、すべてのスタジアムでプレーしてきたデル・ピエーロは、次のようにもコメントした。
「デッレ・アルピで記憶に残る試合はたくさんある。レアル・マドリーとの2試合や、ミラン戦での4−1とかね。オリンピコでもマドリー戦かな。でも、ユヴェントスでの200ゴール目を決めたフロジノーネ戦や、セリエBでの戦いも覚えているよ」
「新スタジアムがユーヴェ、そしてイタリアサッカー全体の再生への第一歩となることを願っている。ほかのリーグに抜かれてしまったということを、僕らは気がつかなければいけないよ」
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